「川西勝久のひとりごと」のバックナンバーです

2005.作成

● 2005年 ●


 新年明けましておめでとうございます(2005 元旦)


 昨年中はいろいろお世話になり、ありがとうございました。本年も相変わらず、よろしくお願い申し上げます。
 さあ!。新しい年がスタートしました。お正月は気持ちがあらたまり、良い意味での緊張感や初初しさを毎年感じます。家族に「明けましておめでとう。本年もどうぞよろしくお願いします。」少しテレながら新年の挨拶を交わします。なぜか正月だけは素直になれる。これはどういう事か分りませんが、きっと皆さんも経験されている事と思います。そんな風に素直にさせる、清らかさを、元旦は有しているのだと思います。考えてみれば、12月から1月に変わるだけ。普段の月と何ら変わらない1日ではあるのですが、元旦はやはり違います。そこには、善し悪しは別に、一年間を清算して新しい気持ちで、新たな一年に挑戦する。今年こそは去年よりももっと良い年にしたい。そんな願望に近い夢を抱くからではないかと思います。まさしく、よき一年へのスタートの日です。素晴らしい大きな理想を抱いて今年も頑張ろうと思います。本年の干支(えと)は、乙酉(いつゆう、きのと・とり)歳です。この年は、大きな理想を持って、何事にも辛抱強く、困難に打ち勝ってこそ美酒を味わう事ができる年まわりです。確かな理想と目標を掲げて臨みたいと思います。日本全国、親孝行実践運動。一日一回一家そろって食事をしましょう。家族を大切にしよう。これらの推進を、お米を通じて広げて行きたいと思います。そして、耕心塾も今年、五周年を迎えます。心豊かに耕し、よりよい働きをして行きたいと念じています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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四條畷楠公祭りと十一詣り(05,01,17)

  
 「四條畷楠公まつり」が、4月3日(日)に開催される事となり、昨年からその企画に携わっている。一からのスタートであり間に合うのかいささか不安があるが、やるからには最高の祭りにしたい。祭りの内容は、四條畷神社に祀られている楠木正行(くすのき・まさつら)公を称える時代行列がメイン。11〜12歳の少年少女(80〜100名)が中心となり、小楠公墓所と四條畷神社間を、当時の衣装を身に着けての行列を企画しています。11〜12歳の少年少女がメインとなる時代行列としたのは、南北朝時代の武将、楠木正成(まさしげ)が湊川の戦いに赴く折、長男の正行に、国を思う人となれ、親を大切にする人となれ。」と諭した「櫻井の別れ」があり、その時の正行の歳は11歳であったといわれるからです。戦前、四條畷神社では、正行の独立心や孝行ぶりは「少年の鑑」として敬われ、「慈訓祭(じくんさい)」と言う名で、11歳のおまつりがなされていたと言われ、昨年11月から59年ぶりに「11詣り」として復活しました。この11詣りと四條畷楠公まつりが時期を同じくして、力強く興ろうとしている事は現代社会の要請かもしれません。写真は11詣りの復活に共鳴された石材店が、楠木父子が櫻井の別れの石像を昨年末に寄贈され、四條畷神社境内に建立されたものです。国家の行く末も、自身の生き方も、親子関係も、人とのかかわりも、吾、関せずの時代であります。この、四條畷楠公祭りや11詣りが、現在最悪の日本からの脱却の一助になることを期待するものです。

写真・・・・・四條畷神社の楠木父子、「櫻井の別れ」石像 
(四條畷神社・大阪府四條畷市南野2丁目18−1)

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耕心塾開講5周年盛況裏に終了(05,02,25)


  過日の第56回耕心塾は、開講5周年記念特別講座となり、30名もの聴講者があり大盛況でありました。開講以来、周年記念講座の講師には、論語普及会 学監 伊與田 覺先生にお願いをして来ましたが、今回も快くお引き受けを頂き、「らしさと論語」という講題でご講演賜りました。現在の日本は、「らしさ」という言葉すら消滅し忘れ去られています。そして、そのことが一番、日本をダメにしているのではないでしょうか。その「らしさ」とはどのような事なのか、人としての「らしさ」とはどう言うことなのか探求させていただきました。論語の中で、斉の景公という人が政治の要道を求め、孔子に尋ねました。孔子は、「君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしくするように教え導くことだ」と答えると、景公は、「よい言葉だ、まことにもし、君が君らしくなく、臣が臣らしくなく、父が父らしくなく、子が子らしくなければ、米が有ったとしても私は安心して食べることができない」と言いました。要するに、現在の日本社会の状態をみて、まさしく米が有っても安心して食が出来る状態では有りません。最近は心の痛む残念な事件が多すぎます。親は子を殺し、子も親を殺す、考えられない事です。学校に押し入り先生を殺す。幼い児童を殺す。どうなっているのでしょうか。政治家は国家国民のためより、わが身の為の政治家活動を優先し、会社の社長もしかりですね。又、ほとんどの若いお母さん達は、髪を茶髪にして、本当の母親を忘れていますね。何れも「らしさ」を忘れた危機的状態にあると思います。今一度、本当の自分らしさとは何か。本当の人間らしさとは何か。本来の「らしさ」とは何かを真剣に考え、取り戻さなければなりません。そうでないと、日本は益々悪くなってしまいます。ご講演賜りました、伊與田先生には心から感謝申し上げますと同時に、今後ともよろしくお願い申し上げます。

写真・・・・・90歳を超えられて益々お元気な伊與田先生

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楠正行のロマンを求め(05,03,20)


 来る4月3日(日)に四條畷楠公まつりが開催される。会場は、四條畷神社をメイン会場として、各催しが企画されている。四條畷神社境内では、特設ステージを設けて、日舞や太鼓、子供たちによるダンスやリズム体操などがあり、夕方6時からは、篠笛奏者、井上真実/AZUMAユニットコンサートも行われる。この祭りの、メインイベントである、武者行列は、小楠公墓所から四條畷神社参道にかけて、若武者達が、太平記の歴史絵巻を展開する。武者行列には、楠正行を初め、弟正時、叔父正家、従弟和田賢秀や正行の母久子の方などに扮装した子供達70名近くが壮大なロマンを生み出す。今回の武者行列は、正成、正行父子が櫻井の駅での別れた時、正行の年は11歳であったことに因み、出場者を11歳である、小学校5〜6年生としている。日本全国、各地で時代行列まつりは多々あると思うが、小学生が中心となる武者行列は四條畷だけではないかと思う。殺伐とした現代にあって、町を愛し、住んでいる町に誇りが持てる生き方を求め、地域愛と、人と人との豊かな結び合いを深めるためにも、是非成功してほしいと願う。今、子供たちに必要な事は、確かな愛情を持って触れ合い、崇高な理想と、すばらしい将来があることを教え導く事にあると思います。今から656年程前、楠正行はその確たる正しき生き方と、美しい理想のなかでその生涯を閉じました。しかし、正行の果たした忠孝両全の生き方は、この四條畷の子供たちに引き継がれ生きています。正行の尊い精神を活かし広しめる「四條畷楠公まつり」となることを願ってやみません。

写真・・・・・4月3日「四條畷楠公まつり」のプログラム

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楠正行のロマンを求め、第一回四條畷楠公まつり開催(05,04,05)


 「吉野を出でてうち向こう、飯盛山のまつかぜに、なびくは雲か白旗か。ひびくは敵の鬨の声。」これは、大和田建樹・作詞の「四條畷」という歌の一番である。この歌のメロディにのせて「第一回四條畷楠公まつり(4月3日開催)」の武者行列が午後2時5分小楠公墓所を出発した。墓所から四條畷神社間、約1kを往復する武者行列はこの祭りのシンボルである。先頭は市立南中学校のブラスバンド。その後を御旗に続いて公家姿、武者姿。そして、大望の楠正行、正時、和田賢秀、叔父の楠正家に扮した兜姿の武将に続き、18人の鎧烏帽子姿。そして正行の母、女武者姿、華やかな女子の物詣姿などに扮装した行列が続く。その後ろに再び、市立畷中、西中のブラスバンド、その後ろは可愛らしい稚児行列と続いた。行列の長さは、およそ400m以上あつたと思う。行列の間は完全通行止めとなり、沿道は見物者で一杯となり、各所で声援が飛んだ。各役柄に扮したのは、5~6年生を中心とした市内の子供達65名である。昨年、59年ぶりに復活した、四条畷神社11参りに因んで、小学生5・6年生の武者行列を企画したが、子供たちの可愛さと、時々みせる凛々しさが、観衆の心を捉えたようで、「ガンバレ!」と声がかけられ、感動の拍手が聞こえる。特に年配の方は、涙ぐんで「四條畷」の演奏を聞き、歌を口ずさむ光景も見られました。楠公商店街、四條畷神社参道に警備員75名、警察官50名の大警備体制に守られ、順調に行列はメイン会場の四條畷神社へと進んでいきました。つづく

写真・・・・・沿道の熱い声援をうけて行進する若武者

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楠正行のロマンを求め、第一回四條畷楠公まつり開催-2(05,04,11)


 四條畷楠公まつりの武者行列は、百数段の階段を上がりきり、四條畷神社境内に到着しました。境内は1000名をはるかに超えて身動きもままならないほどの混雑する中、大きな歓声と拍手をうけて、神社本殿前まで進みました。行列を代表して、楠正行役の谷口明輝君(畷小5年生)初め正時、正家、和田賢秀、正行の母久子の方や侍女役など9名の子供たちが本殿内にて正式参拝。緊張と行進の疲れもあり一層厳粛さを感じました。その後、拝殿前で稚児はじめ、武者行列全員の御祓いをうけ、南中学校ブラスバンドによる「四條畷」を奉納演奏して、一応の儀式を終了しました。今回の祭りの主役は、小学5・6年生を中心に、皆、子供達としている事であります。この事は、郷土をより深く知ることから始まります。自分が住んでいる町を知ることで、町を愛し、町を誇りに思うことに繋がります。そのことは、ひいては町を大切にしようという心となり、生きていくことへの感謝の心や、親や家族への感謝の心へと繋がるのです。そして神様の前で厳粛な気持ちになるという大切な心のありようが築かれるきっかけになります。以前、楠正行公の貫かれた「忠孝両全」の生き方を、誰もが賞賛し手本としてきました。殺伐とした現代にあって、大切な子供たちを立派に育て上げることは私たち大人の責任であります。そのことが、理想の街づくり、国づくりへと繋がるのです。そして我が町四條畷は、楠正行という素晴らしい模範となる人がいてくださる事に感謝したいのです。第一回楠公まつりは、各所、各部での反省点も多々ありますが、子供たちが頑張り、多くの人に感動を与えた点では、大成功であったと思います。

写真・・・・・本殿前に勢ぞろいした若武者たち

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鮮度が命!さぬき米新米キャンペーンを終えて(05、10、24)

 
 実りの秋、食欲の秋。何を食べても美味しい季節です。お米も豊作で、美味しい新米が日本全国で収穫できました。ありがたいことです。其の内でも、ちょっと変わった新米キャンペーンをして大好評でした。それは、稲を刈取ってから、乾燥、籾摺り、検査、精米の各行程を最短一週間以内で済ませて食卓へお届けすると言うものです。これは、「さぬき米(香川県)新米キャンペーン・鮮度が命!刈取りから一週間で食卓へ」と名をつけて、JA香川県や香川県坂出市川津町の生産者と、さぬき米夢クラブが実施した、夢と緊張と信頼感あふれるキャンペーンでした。お客様配達予定日を10月12日・14日・19日・21日の4日間に決めて、ご購入予約を頂きました。配達予定日の一週間前には必ず刈取らないと、予約日には間に合いません。こうした緊張感を、生産現場から購入予約者にホームペ−ジで見ていただけるように、事前に告知しました。携帯サイトからも、いつでもどこからでも見てもらって、生産者と消費者が一体となったキャンペーンとなりました。そして収穫の瞬間まで期待と不安の入り混じった緊張感溢れる新米キャンペーンとなったのです。いよいよ収穫されたお米が、お客様納入日前日の午前5時半に産地から届き、早速精米をしてみました。それは甘い藁の香りがするとても良い臭いでありました。新米の香りのある米は久しぶりであり感動を覚えました。そして、翌日一斉にさぬき米の新米をお客様にお届けしました。「鮮度が命」さて、そのお客様の反応はどうだったのか?次回に報告いたします。つづく

写真・・・・・10月13日午前10時ごろ川津町弘光地区の刈取り風景

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鮮度が命!美味しかったさぬき米(05、10、31)

 
 「鮮度が命!刈取りから1週間で食卓へ」のスローガンで実施しました、香川県坂出市川津町産「ヒノヒカリ」新米キャンペーンは、4日間の販売日程を無事終了する事ができました。当初の販売予想を大きく上回るもので、大成功でありました。4日間の販売量は、5トン(10kg入りで500本)を越えて、このキャンペーンに対するお客様の大きな感心度を知ることができます。実際、初回の19日に納品したお客様から、最終日(21日)の追加予約注文がたくさんありました。食べられた感想を聞いてみると、「炊き上がったときのご飯の香りがとてもよかった」「久しぶりに子供のころに感じたご飯の香りを思い出した」と言われました。その他、「生産地の大変さを知ることができ、収穫に期待をしたのははじめてです」とか、「とれたてを食べてみたかった」など感心の深さが感じ取れた新米キャンペーンとなりました。このキャンペーンを企画した側からは、生産者(産地)、販売業者、消費者が一つになり、お米の収穫を喜び、ご飯の旨さやありがたさを再認識したキャンペーンになったのではないでしょうか。川津町で生産した「ヒノヒカリ」は収穫と同時に関西の食卓に上がった事となり、全量即売となったのであります。今後は、今回のキャンペーンを進化させさらに喜んでいただけるような企画を今から考えていかなければなりません。さらに来年の米作りを充実させるために、大いに努力していかなくてはいけません。さぬき米をお買い上げいただきました、多くのお客様に心から御礼申し上げ、生産地、生産者の方々にも心から感謝申し上げます。

写真・・・・・川津町、春日神社の秋祭り(10月15日朝から雨となりましたが、収穫に感謝して盛大なお祭りとなりました)

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